それは教育という名のこれみよがし
子供の為ではなく
ぬかりなく教育を与えていますというだけの
大人の面子
それは愛情ではなく
きちんと躾けていますと吹聴する為の平手打ち
どなたに見せる
あなたにとって見栄をはりたい窮屈な相手に見せる為
あるいはあなたが日頃馬鹿にしている無教養な人へのひけらかし
大人がこっそり殴るとき
なぜ殴るのか意味が知れない
抱いてもらえるはずなのに
誰も見ていないから
あなたと私だけだから
ちょっと気分がむしゃくしゃしてて
甘えてくるあんたがずうずうしくて憎らしくなったって
殴った後にでもそう打ち明けてくれれば
まんざら話の解らない私でもないのに
痛かったのも心までは及ばせない
それでもいつも子供がいけない
世間様というのがいて
誰ってわけじゃないんだけれど
これがまた見る目のない大ボケで
自分の名前からとった世間一般なんていうせこいものさしをもっている
そのものさしはあくまでもものさしだから
外形寸法しか測定できない
両親が揃って、真面目に生活して、きちんとした家庭に
なぜかしら
あってはならないひねくれたわがままな子供がいる
両親が離婚して、お母さんは水商売、PTAにも参加しない
それなのにあの子はあんなに明るくて頑張り屋さん
なぜかしら
きっと子供の質の問題
子供の質か
あの子はケント紙でこの子は藁半紙だ
では 藁半紙よ
どうやって生きる
子供にとって一生は気が遠くなる程長い
その上藁半紙はケント紙に比べると
もともと生きる為のエネルギーが不足気味だ
水に濡れればすぐ破れるし、
クレヨンで強く描いても穴があく
油は染みてのらないだろうし、
消しゴムもおいそれとは使えない
どうする 藁半紙
そうだろう
やけになるのはよく解る
気が済むまでやけになるのも悪くない
でもいつまでもそうしていてはいけないよ
ここが正念場
自分を鍛えるのは他でもない自分自身だ
真白なケント紙では出せない味を
藁半紙なら出せるって事を知るべきだ
いつまでも無知に甘んじていてはいけない
パステルもいいだろう
柔らかい木炭で自分の線を描いてごらん
それがどんなにすばらしいか
見える人には見えるはず
親も学校の先生も近所のおばさんも完璧じゃない
同じ弱い人間だから
自分を守らなきゃ生きていけない
我が子の顔を潰しても保身に走る事だってある
子供をあんまり愛せない親だっているし
顔も見たくないって親もいる
自分の子がかわいくない親はないって世間ではよく言うけれど
あれは嘘だ
親だって人間なんだから、神格化したら気の毒だ
どうにもウマが合わなかったり、大嫌いな自分にそっくりだったり
人間には色々と自分でも説明のつかない理由があるけれど
それを疑問に置き換えて掘り下げてみる人はあんまりいない
自分のまわりの狭い世界だけで安易に物事を決めるべきじゃない
ケント紙は藁半紙より良いなんて
根拠のないでっちあげを信じるか信じないかで
毎日の生活が変わってくる
藁半紙でラッキーだったと心底思える時が必ず来るように
いつの日か藁半紙でなくちゃいやだという人に出会った時に
こそこそしなくていいように
たとえ周りの誰があなたを黙認しても
自分が黙認できないことは納得するまで課題とし、
周りのだれが非難しても
自分の動機にやましいところがなければそれで良しとして先へ進もう
結果は七変化だ
あらゆる要素がかかわって結果となる
予測どおりの結果にならなくてもいい
またそれは悪いことではない
それから
何が起きてもあなたが既に認められてそこにいるって事を忘れてはいけない
もちろん周りの大人もクラスメイトも誰一人としてあなたを認めなくても
あなたという存在は歴然として愛のなかに既にあるということを
決して忘れてはいけない