教祖さま
はじまりは純粋だったに違いない
眩いばかりの光
聖なるものの御手に触れた歓喜
この感覚を皆に伝えたい一心だった
いつの間にか自分のまわりに人が集まり
彼の話を聞きたがった
釈迦のように
イエスのように
いつまでもそのままでいればよかった
たとえどんなに信者が増えても
あいかわらず手ぶらで
巨大な建物も建てずいればよかった
堕ちるのはたやすい
金持ちになり
贅沢がくせになり
もっともっとと欲がでる
可愛い我が子に幸福な生活を送らせたい
理屈のたつ腹心達がなんだかこじつけめいた儲かるシステムを作ったが
まあいいか任せておこう
彼は釈迦を忘れ
イエスを忘れる
信者達は涙を流して感謝する
教祖さまのお心と知れば何でもする
彼らの真心がおずおずとNOと言うのは
信心の不足を反省すべき事態
疑問を抱くのは
昔の悪しき心癖に戻りつつある恐るべき兆候
私には根性がない
これまで何をやっても続かなかった
一つ事をやり遂げたことがない
うだつのあがらぬ自分から脱出するのだ
今度やめたら一生救われない
あなたは不幸を感じていたはずだ
あるいは無理をして幸福だと人には言っていたはずだ
ちっとも癒されてなどいなかった
本当は崖淵に立っていた
そんなとき
孤独だった自分の話をはじめて批判なしにきいてもらえた
だからそこでは心を開く
心を開くから素直になれる
これまで雑念ばかりだった頭が
声を出して夢中で唱える行為ではじめて空白になった
そのときこだわりが消えるから
頭も体も軽くなる
ハイになるから気持がいい
体で感じた癒しは疑いようのないものだ
視界がすばらしく明るくなったのも誇張ではないだろう
教祖さまのおかげと信じるのも無理はない
教祖さまが夢枕にたったり
教祖さまの声を聞いたりするのも
全て教祖さまのおかげだと信じていれば少しも不思議じゃない
鰯の頭を感涙にむせぶほど信仰すれば
鰯の頭が泳いできて額に接吻をしていくだろう
それら奇跡は何の力か
他でもない
自分の内なる力だ
教祖さまの力でも
鰯の頭の力でもない
信じるものは救われるのだ
神も仏もあなたが信じる教祖さまも鰯の頭も
あなた自身に内在している
あなたの信仰に反対する人々も
信仰の先輩も後輩も
道端の雑草も
空も海も
地球も宇宙も
すべてはあなたの内にあり
あなたそのものなのだ
お釈迦様は自ら何も書き残しはしなっかたけれど
本当におっしゃっただろうと思う
おまえはおまえ自身を灯明としなさいと
輝きを外に求めてはいけない
気づきさえすれば
自分の内に既にあり
あなたの善も悪も分かたず飲み込んで
それは今も輝いている
信仰者としての私達を試すために
多くの偽物が遣わされる
ゆるぎない真の知恵を手にするまでは
何度でも
本物より本物くさくやってくる
見分けることができるまで
教祖さまは何人でも姿を現す
ねたみや怒りを隠せなかった愛すべき悪い子にかえって
真剣に心を澄まして内なる声に耳を傾けよう
今の宗教を信仰していて
もしほんの少しでも疑問を感じるならば
ちらっとでも不自然でどこか力ずくな
及び腰で意固地な自分を垣間見るならば
それは偽物だ
狂信し続けることは
自分のみならず周囲の人々をも傷つける
誰かを傷つけた事が一生あなたの深傷になる
もうこれ以上傷つかないでほしい
うまれてきた真の目的を知るまでは
人間は皆
あきっぽい根性なしの悩める迷子で当たり前
目的を知らなければ自分が何をすればいいのか解りようがない
偽物だと気づいたらやめなくてはいけない
それは根性がないのではなく
移り気なのでもなく
天の意にかなった
勇気ある正しい判断なのだから